2030年あるべき繊維業界への提言

 

日本繊維産業連盟が「2030年あるべき繊維業界への提言」を発表しました。

この提言は、世界の繊維市場が拡大している中、日本の繊維産業にとっても

「チャンス」が目の前に拡がっているとの観点から、この「チャンス」に対応

するために、2030年に我が国の繊維産業を取り巻く状況を見越した上で、

「あるべき姿」を前提に、その姿を実現するために解決すべき業界共通の課題

をまとめたものです。

 

ぜひご一読ください。

 

                  日本羊毛産業協会 専務理事 一井伸一

 

 

 

 

2030 年にあるべき繊維業界への提言

~ 伝統から未来への設計図(New Design 2030)~

           2020 年 1 月 17 日     日本繊維産業連盟

                           

                           

 

          提 言

 

人口増加と一人当たり GDP の拡大を受け、衣食住の中核に位置する世界の繊維市場は

拡大している。

このことは、1991 年をピークに大幅に縮小した我が国繊維産業にとっても、潜在的に

は世界市場の拡大という「チャンス」が目の前に広がっていることを意味する。

我が国繊維産業がこの「チャンス」に対応するため、日本繊維産業連盟は、2030 年

に我が国繊維産業を取巻く状況がどのようになっているかを見越した繊維業界の

「あるべき姿」を前提に、「あるべき姿」を実現するために解決すべき繊維業界共通

の課題・方向性を整理し、繊維業界等に向けて発信するとともに、当該課題解決に向け、

同連盟としての当面の対応策を提示することを目的として提言書を取り纏めた。

本提言書の内容を要約すれば下記の通りである。

 

  1. 繊維業界の進むべき方向

世界は、デジタル革命、AI 革命などを通じて高度かつ高速に変化し続ける第四次産業革命

に突入した。

世界の繊維産業もその潮流に乗っている。すなわち、IoT によってネットワーク化した生産

・流通・販売が混然として、異業種交流ともいうべき生産工程間連携も活発化しており、未

曾有の構造変化が起きている。

その中で、わが国繊維産業は過去の栄光を追うのではなく、2030 年に向けて新たな産業創出

を目指さなければならない。

バリューチェーンを再構築する設計図を共有し、令和時代最初の 10 年間で「新価値基準」※1

の構造改革を断行し、シンギュラリティに到達すると言われる 2045 年近傍の「大繊維時代」

に繋げる必要がある。

そのための目標として、2030 年にアジア市場を含む日本の衣料品市場規模 14 兆円(現状約

10 兆円)、国内衣料品出荷額 2 兆円(現状約 1 兆円)を目指す。

また、デジタル革命等による省力化を進めてもなお不足すると見込まれる約 3 万人の労働力

についても、ダイバーシティを一層浸透させ、女性・高齢者・外国人の活用を進める。

まさに、これからの10 年が正念場であり、我が国繊維業界の持続的発展のために進むべき方

向について、以下の通り先進的に提言し、率先して実行することを宣言する。

 

⑴ イノベーションによる新たな価値創造

・デジタル革命に対応する生産・流通・販売システムの構築

・ブランド価値を高めるファッション産業の構築

・サプライチェーンの創造的向上によるバリューチェーン化

・法令遵守・コンプライアンスを前提とする取引条件の健全化推進

・素材としての繊維の新たな用途開発

 

⑵ 新たな価値創造に対応する人材の育成

・デジタル革命に対応する人材の育成(経営者、生産人材)

・ファッション産業のための人材育成

 

⑶ 多文化共生社会(多様性)への対応

・ダイバーシティの更なる浸透

・外国人材の活用(技能実習、特定技能制度、高度人材)

 

⑷ グローバル化の推進

・海外展開(貿易、投資による海外市場拡大)

・海外展開に必要な制度面の改善(RCEP 等による自由貿易、対外投資促進)

 

⑸ サステナビリティへの対応

・地球温暖化

・持続可能な繊維産業の実現(サーキュラー・エコノミー対応)

・サプライチェーンにおけるサステナビリティ対応(デュー・デリジェンス、

 化学物質など)

・マイクロプラスチック問題

 

⑹ 産官学の連携強化

・技術革新に向けたR&D 推進

・新たな価値創造を目指す中小企業支援

・産業の核となる高度人材の育成

・Society5.0 実現に向けたイノベーション推進

 

 

  1. 提言の実現に向けた行動

前述の提言を実行するのは、まず繊維産業に関わる企業である。産業の発展は個々の企業が

積極的に取り組んだ結果であり、提言の方向に向かって繊維企業の奮起を期待したい。

次に、業界に属する多くの企業が抱える共通課題の解決に向け、業界団体が産業発展に向け

相応の役割を果たすべきである。繊維産業は川上から川下まで多くの工程※2 に分かれ、工程

ごとに異なる共通課題を抱えている。繊維産業に属する業界団体は、各々が属する工程におけ

る共通課題を解決することを目指すべきである。

さらに、日本政府、自治体などの公的機関においては、繊維企業及び繊維業界団体の課題解決

に向けた取 り組みに対して、補助金、税制、政策金融、支援窓口の設置など様々な支援制度を

有しているが、こうした制度が適切に活用されるよう対応をお願いしたい。

加えて、大学、専門学校、公的試験研究機関等の教育・研究機関の役割も重要である。

これまでも、繊維産業に対して生産、販売、デザインなど幅広い人材の育成・供給、技術

シーズの開発・提供、技術相談への対応など大きな役割を果たしてきたが、バリューチェーン

の再構築に向け、人材や技術の重要性は高まっており、繊維業界のニーズを踏まえた教育・研

究プログラム等を推進して頂きたい。

なお、提言の実現に向けた行動に当たっては、法令遵守・コンプライアンスを前提としている

点を付言する。

 

  1. 日本繊維産業連盟の役割と当面の事業展開

川上から川下まで繊維産業全体を包含する業界団体として日本繊維産業連盟は、会員団体と

連携し、繊維産業全体に共通する課題の解決を目指すべきである。具体的には、特に重要な

課題として、

デジタル革命への、②人材の確保、③海外展開支援、④サステナビリティへの対応

の四点に絞って取り組むこととする。

また、これらの共通課題を含め、繊維産業を全般的に俯瞰できる立場として引き続き官学

とのリエゾンの役割を果たす。

この四つの課題について当面(ここ数年程度)取り組むべき対応策は以下の通りである。

 

⑴ デジタル革命への対応

デジタル化への具体的な対応策に関する知見が不足し、対応が遅れている中小・小規模企業を

主たるターゲットとし、セミナーの開催等を通じ、

①中小企業において簡単に導入できる実例の紹介、②中小企業向けの簡素・安価なシステムを

開発しているベンダーとのマッチング、③IoT 関係の相談機関とのマッチング、を図る。

 

⑵ 人材の確保

不足する人材を確保するために女性、高齢者に加え外国人も働きやすい環境整備を図る。

具体的には、会員団体との連携の下、①繊維産業技能実習事業協議会の場を活用して引き続き

早急に技能実習制度の適正化を図るとともに、②特定技能制度の繊維産業への導入に向け必要

な環境整備等について検討を始める。また、③外国人高度人材の受入に向けた情報提供を行う。

 

⑶ 海外展開支援

中小企業支援ネットワークの構築を図る。具体的には、会員団体等とともに、公的支援機関を

中心とした既存支援ネットワーク(新輸出大国コンソーシアム等)の活用を図り、繊維産業を

支える中小企業を中心に支援を得やすい環境を整備する。

なお、海外展開を検討するに当たり、国内経営基盤の強化から対応する必要がある中小企業も

多くみられるため、企業経営そのものに対するコンサルティングについても支援ネットワーク

の構築(よろず支援拠点等既存ネットワークとの連携)を併せて進める。

 

⑷ サステナビリティへの対応

繊維産業のサステナビリティ(持続可能性)にとって大きな課題の一つである取引適正化

ついては、引き続き繊維産業流通構造改革推進協議会等と連携しつつ、会員団体の協力の下、

法令遵守・コンプライアンスを徹底し、自主行動計画等のフォローを通じて適正化を進める。

また、狭義のサステナビリティである環境問題(温暖化、3R 対応など循環型社会への対応

等)については、対応しなければ将来的にサプライチェーンから排除される可能性がある点

で繊維産業共通課題である一方、各工程によって、必要な対応策が異なるとみられることか

ら、まずは、国内外の関係情報(規制の現状と見通し、具体的な対応事例、サプライチェー

ン監理の状況等)を収集し、繊維業界に提供することで、サステナビリティ対応の必要性の

理解を更に深めるとともに、会員団体の協力を得て個別企業が対応する環境を整備する。

情報提供方法としては、環境・安全問題委員会の開催、セミナー開催等による。

また、必要に応じ、会員団体との連携の下、ヒヤリングや現地調査を行う。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

※1 )「新価値基準」とは、

現在、第 4 次産業革命(AI、IoT、ロボット等のデジタル技術の飛躍的な発達)が起こり、

潤沢な世界と呼ばれるSociety5.0 を迎えようとしている。AI やロボットが人を補助・代替

することで、人々は重労働から解放され健康寿命も大幅に延び、言語の壁もなくなり、人

種や国を越えた消費地域が生まれる。このような多文化共生社会がもたらす消費者の意識

や消費行動を前提とした価値基準のことである。これを、繊維産業についてみると、消費

者意識・行動の変化に対応して、付加価値を生み出すサプライチェーン=バリューチェー

ンの構築を意味する。

 

※2 )川上:原綿・原糸、紡績     川中:撚糸、製織・製編、染色整理     川下:アパレル、縫製

 

                                    以 上